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文字の歴史、ハンコの起源と沿革 六郷(市川三郷町)における印章業の歴史 |
★★六郷(市川三郷町)における印章業の歴史★★
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山梨県の印章業は、地元に水晶が産出されるようになった文久年間(1861~63)に水晶印の篆刻から始まったといわれ、今では印章の生産量が全国一を誇る産地となっています。
山梨県(甲斐の国)では早くより、甲府の奥地、御獄金桜神社を中心とした地域で水晶の玉つくり彫刻等が盛んでした。 甲府市街やその周辺に水晶加工業が起き、水晶印の篆刻も盛んになってきました。
一方山梨県は、江戸時代から全国に名を馳せ印聖と呼ばれた高芙蓉先生をはじめ、中井敬所、中村蘭台、芦野楠山、波木井昇斉、高田緑、山本碩堂など数多くの著名な篆刻家を輩出していました。
しかし明治に入ってから機械化による大量生産の製品が多く、また安く出回るようになると、地方の小規模企業は圧迫され、同時に足袋製造に欠かせないこの地方特産の藍の栽培が減少して、次第に「岩間足袋」は姿を消して行きました。
通信販売も盛んになり、日本全国にカタログを配布し注文を集め、「はんこの町」としての名を上げるようになりました。 第2次大戦後は、水晶印鑑は少なくなりましたが、象牙、オランダ水牛、黒水牛、つげ、ラクト、などの印材が主流となり現在に至っています。 |

